【雪組】「ONCE UPON A TIME IN AMERICA」ネタバレありの自分解釈&感想1「皇帝になった男となれなかった男」

雪組
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昨日(2020.01.24)の13時公演を観劇してきました。
ちょうどこの日からきゃびぃさん(早花まこさん)が復帰されていたのを舞台で知りました。
お早い復帰、ありがたい…!このまま安全に千秋楽まで行ってほしいです。

今回は前回の感想と違い、自分の中で「うーん?」と思った部分を中心にかなり飛び飛びで自分なりの解釈や感想を書きたいと思います。
そんなわけで、多分にネタバレが含まれますのでご覧になる方はお気をつけください。

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皇帝になった男となれなかった男

幼いころ、ヌードルス(演:望海風斗さん)は「俺は皇帝になる!」と心に誓うわけですが、残念ながらその誓いは守れぬまま、日陰でひっそりと暮らす人生を送ることになります。

とはいえ、メインの登場人物がそれぞれどうなったかと言うと

ヌードルス:田舎でひっそりと自動車修理の工場を経営
マックス:商務長官まで上り詰めるが汚職などがバレて最終的に自殺
コックアイ・パッツィー:銀行襲撃事故により死亡
ジミー:運送者組合委員長に上り詰める
デボラ:ハリウッド女優として成功を収め、マックスと関係を持つが愛する人が死亡
キャロル:銀行襲撃事故のショックにより記憶喪失
ファット・モー:父親のダイナーを継ぐ

とまあ、ロクなオチになっていない人が非常に多い…のですが、やっぱりジミー(演:彩凪翔さん)は一番腹黒いな!という結論になりますね。間違いない!

デボラは皇后となれたのか

いきなり最初からラストの解釈になってしまって恐縮なんですが、
マックス(演:彩風咲奈さん)は2度目の命とも言える偽名を使い、ジミーにサポートしてもらいながら「陽のあたる道」に出て、ある種の「皇帝」になったと解釈出来ます。

正直デボラとマックスがくっついている(ヌードルスの発言からするに、愛人という立場のようですが)のは「なんやねん…」と思う部分もあったのですが、陽のあたる道に出たマックス(皇帝)の妻(愛人になった)、デボラはある意味皇后という立場になったことを示唆しているのかな…と思ったり。

それがヌードルスの「お前はデボラを手に入れて、俺は手に入らなかった」というセリフにつながるのかな、なんて。

どうしてマックスは自殺したのか

マックスが追い詰められていることはそれまでの展開でわかります。
プログラムに記載されている小池先生の言葉によると、マックスはなぜ殺されたのか、誰に殺されたのか謎のまま残っている…ということで、マックスのラストは先生の独自解釈といいますか、お話の整合性などを考えた上で練り出したラストだと言えます。

追い詰められてしまったマックスは、ジミーから自分で責任を取れと銃を渡されます。
ジミーに対しても「いっそお前が殺してくれ」と頼みますし、その後訪ねてくるヌードルスに対しても「殺されるならお前が…」と頼みます。

まあ誰だって自分で自分を殺したくはないという気持ちはあれども、ちょっと情けなくも見えてしまいますね。それが狙いかもしれませんが。

私がこのシーンのマックスに対してわからないといいますか「うーん」となるのは、せっかくヌードルスが「諦めるなよ」という言葉をかけているのに、結局死んでしまうところ。

マックスに対して、ヌードルスは「どんな立場であっても、その人生において勝ち負けは存在しない」と諭します。
ヌードルスは今は田舎でひっそりと暮らしてはいるけど、別にそのことに対して「自分が落ちぶれた」と思うわけでもなく自分自身を受け入れるとでもいいましょうか、どのような立場・場所にいてもそこに幸せを感じられるならそれは人生において素晴らしいことであり、いくら恵まれた場所や立場にいるからといって幸せではないこともある…と言いたいのだと思います。

なので、ヌードルスは死んでしまったら次の可能性を潰してしまうのでマックスを撃たないし、「諦めるなよ」という言葉は「(すべてを失ってもなんとかなるから)諦めるなよ」ということなのかなと。

マックスはこれまで劇中でアメリカに復讐するためにも、上り詰めなければならないと強く感じています。
また、キャロルの「あの人は一度そう思ったら変えられない」といったセリフがあるように、一度そう思ったらなかなか自分の方向転換が出来ない人なのでしょう。

だからこそヌードルスの言葉が届かず、自分のすべてを捨てることが出来ず、自殺に至ってしまったのだろうか…と考えています。

どうしてトランクは空だったのか?

あの「諦めるなよ」は一度すべてを失ったからこそ言える、非常に重みのあるセリフだと解釈しています。

そしてそのすべてを失うシーンは、2幕の銀行を襲撃した後、駅のロッカーにあるトランクをあけても、1ドルも入っていない…というあそこでしょう。

でもやっぱり疑問に思いません?どうしてトランクは空だったのだろうか?と。

当然、本編中では語られることはありません。もしかしたら原作映画では何かしらのエピソードがあったのかもしれませんが、カットされているのかもしれません。

私としては、あのシーンで「ヌードルスは親友も、金も、好きだった人(デボラ)もすべて失った」ということを強調したいからこそあの空のトランクなのかな…と解釈していますが、それでもなんで空なのかは非常に気になります。(デボラはすでに失ってますけど!)

ファット・モーが「マックスは度々鍵を取りにきていた」と回想で語っていましたが、マックスが出納係でお金をトランクに入れていた可能性も非常に高く、マックスがその金で不動産を買って焦げ付かせたと断言は出来ません。

ここは自由に解釈してね~系なのでしょうが、うーん気になる!

阿片窟のシーンはもうちょっとなにか欲しかった

最後は阿片窟のシーンについて。

これについては「うーん」といっても疑問ではなく「もうちょっとなにか欲しかったな」という意味のうーんです。

ファット・モーのアドバイスに従って阿片窟に逃げるヌードルスですが、そこで自分の罪を再確認するような幻覚を見てしまいます。
この幻覚を見るのがメイン、むしろ幻覚を見せるために阿片窟のシーンがあるのでしょうが、個人的にはあまりにもそこだけが突然すぎて「あ、阿片窟、あ、終わりっすか」という感じになってしまって、ちょっと残念です。

もちろん作品の尺がありますし、ここのシーンで出したいのは上記の幻覚の内容だと思いますし、原作でも阿片窟が出ているのでしょうが…もう少し!なにか!とつい言いたくなります。
あと、アヘンってなんで紫~ピンクっぽい色のイメージなんでしょうね。出自があるのかしら。

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